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半開きの唇に見るエロティック&美の考察

【第10回】美女ジャケはかく語りき 1950年代のアメリカを象徴するヴィーナスたち

■少しだけ見える歯もエロ顔に必要なセクシーエッセンス

 そんな唇でグッとセクシーなのが、ヒルトッパーズの「LOVE IN BLOOM」。こののけぞったアングル、目線、そして半開きの唇はもう、ちょっとヤバいでしょう、という領域。これをレコ屋でみつけたときは思わず胸が高鳴りましたよ。しかも、そう高くはなかったので、即買った。一目惚れというのはこういうこと。

 

「LOVE IN BLOOM」

 カメラが下から煽っているので、唇は典型的な「たらこ唇」。でも、なんかこれはクールな美人にも見える。それ以上にセクシーなのは、やはり唇を開いて歯を見せているところか。

 そうだ! 歯を見せるということが重要なのだ。「“Oooo! ”」にしても「THE ZODIAC SUITE」にしても、口は開いているも歯を見せていないところがあまりエロティックではないのだ。

 で、どのくらい歯を見せたらエロ度が増すのか? その答えがブラジルの超セクシーな歌姫、マリア・クレウザの「Doce Veneno」にある。果たしてこの表情を見てセクシーと思わない人が世の中にいるのだろうか?

 

「Doce Veneno」

 下北沢のdiskunionでこれをみつけたとき、不覚にも来日したこともあるマリア・クレウザを知らなかった。これ、歌っている本人? それアリですか! みたいな感じでテンションが一気に上がった。

 家に帰って速攻調べ始め、『イパネマの娘』の作詞で知られる、詩人/外交官のヴィニシウス・ジ・モラエスの愛人だったことも知る。なんと9回も結婚・離婚を繰り返したモテ男、モラエスめ! と嫉妬したものだが、クレウザは30代後半になると太って別人のようになってしまった。

 結局、何年もかけてクレウザのブラジル盤だのアルゼンチン盤だの、めぼしいものはほとんど手に入れたが、その愛の起点がこのエロ顔ジャケットだったのである。

 クレウザのエロ顔のポイントは何か? それは唇を開いて歯を見せているだけでなく、歯も開いているところだ。誘惑する顔。とてもいやらしい。

 なるほど、歯も開いている……ということで探してみるとやはりブラジルのギタリスト、ルイズ・ボンファの「!amor!」のモデルも歯を見せて開いているセクシー顔だ。

 

「!amor!」

 こちらは胸元を強調して、バックは情熱的な赤で(赤のセクシーさについては連載9回目参照のこと)、しかも口を半開きにして何か求めるような、挑発するような表情。モデルや写真が良いだけでなく、フォントのセンスやその配置含めて一級のジャケットだ。

 ちなみにこれはブラジルが本拠のボンファを、アメリカのATLANTICレコードが売りだそうとジャケットにも力を入れた作品なので、他のボンファ作品に比べると格別、洗練されたジャケットになっている。

 

 それにしてもこの顔。唇を閉じていると静止した表情になるが、こんなふうに開いているととても動的な一瞬を捉えたものと感じて、そこにセクシーさを感じるのだろう。そう、動的な表情の一瞬のほうがセクシーなのだ。歯の間からちょっと舌も見えたりして、性的な行為の想像までできなくはないしね。

 筆者のような妄想派、着衣派からすれば、こういう「妄想を誘発する」ジャケットが一番、いやらしい。口を開いて物欲しげに誘う、あるいは挑発する彼女。肩紐はもうすでに両方、落ちている。あぁ、彼女を押し倒し、そのうなじにキスをして……と、とどまることなく妄想できるのだ。

 そんな妄想をしているといやらしくないものも、どこかエロティックに見えてきたりしてしまうもの。

 

 レイ・コニフ・シンガーズの「IT'S THE TALK OF THE TOWN」のモデルも口を開けて、しかもこちらははっきりと舌が見えている。う~む、これは強烈にエロい! と思って人に見せたことがあるが「おかしいんじゃない?」と一笑に付されてしまった。

「IT'S THE TALK OF THE TOWN」

 男が耳元で囁いている内容に女性がちょっとドキッとしている、というような設定だろうけれど、でも、これは男が耳元に息を吹きかけているようにだって見えなくはない。

 反応して男を見ようとする女性の目。思わず開いてしまった口。経験ないですか? こういうの。

 このジャケットはモデルの顔も好みだが、髪型もコンサバな感じがしてとても好きだ。ドレスが首で結ぶホルターネックらしいところがさらにソソられる。筆者はホルターネック・ドレスのフェチでもある。

 美女の顔が大写しでも、こんなふうにさまざまな情報が詰め込まれていれば、その情報からさまざまな妄想が浮かぶ。そういうのが一級の美女ジャケなのである。

 唇に戻ると、閉じたものから徐々に開いていく過程、そのどれもがエロティックな妄想をかき立てるし、開けば開くほどエロティックになるのかもしれない……叫んだり大笑いするのでなければ。まったく純粋な愛から、性器そのものにまで化すこの器官の魅力は、底知れないと言うほかない。

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長澤 均

ながさわ ひとし

グラフィック・デザイナー/ファッション史家/オンライン古書店経営

美術展のポスター等の宣材、雑誌やMOOKのアート・ディレクション、本の装幀、CDジャケットなどのグラフィック・デザインのかたわらファッション・カルチャー史に関して執筆。 『ポルノムービーの映像美学』(彩流社)、『BIBA スウィンギン・ロンドン1965~1974』(ブルースインターアクションズ)など8冊の著作がある。最新刊は『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』(リットーミュージック)。KKベストセラーズ刊の全宅ツイ著『実況! 会社つぶれる!!』ではアートディレクターを担当。オンライン古書店モンド・モダーンを運営している。19世紀半ばからのモード雑誌や8bitのヴィンテージ・コンピュータのコレクターでもある。

 

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